こんにちは!
武田塾洲本校(淡路島)講師の三村です。
コロナウイルスの感染者数も大分落ち着いてきましたが、
ワクチン接種をした受験生の方もいるのではないでしょうか。
早く落ち着いてくれることを願うばかりです・・・
さて!
今日は政治経済ネタPart3『バブル経済①』についてです。
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日本経済の分岐点 『バブル経済』とは
バブル経済というと、皆さんがまだ生まれていない時のことで、あまりイメージが湧かないと思いますが、日本の経済に大きな影響を与えたことは間違いありません。
バブル経済を学ぶことで今の経済が見えてきます。
政治経済の勉強に通ずる部分も多いので是非知っておいてくださいね!
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バブル景気の流れの軸を掴もう
歴史の勉強方法と同様に、まず流れの軸を掴みましょう。
??1980年代前半 日米貿易摩擦
??1985年 プラザ合意で円高進行
??1987年 公定歩合引き下げで地価爆上げ(バブル景気の到来)
————————今回はここまで————————
??1990年 総量規制、公定歩合引き上げ
??1991年 地価や株価の暴落(バブル崩壊)
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1980年代前半 日米貿易摩擦
1980年代前半、日本は円安の影響を受けて輸出産業が伸びていました。
(円安によって日本の輸出産業が伸びる理由はまた別の機会に・・・)
一方アメリカは、日本製品が市場に入ってくることで自国の製品が売れない状況が続きます。
日本の経済が伸びて、アメリカの経済が悪化する。
この状況を打破するためにアメリカは、
日本を含んだ世界主要国をアメリカに呼び、プラザ合意をします。
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1985年 プラザ合意で円高進行
1985年、ニューヨークのプラザホテルで「プラザ合意」がされます。
どのような合意だったか簡単にいうと、
円安ドル高を是正すること。
です。
そして、アメリカの景気の取り戻していきます。
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1987年 公定歩合引き下げで地価爆上げ
ドル高を進行するということは、今度は日本が円高になります。
どれくらい円高になったかというと、
プラザ合意前に1ドル=235円だったレートが、
プラザ合意1年後には1ドル=150円代にまで進行しました。
円高になると困るのは日本の輸出産業です。
それまで順調だった輸出産業が、
プラザ合意によって大打撃を受け一気に不況に陥ります。
そこで日本が取り組んだ対策が公定歩合の引き下げです。
※公定歩合とは、日本銀行が民間銀行に貸付をする際に適用される金利のことです。
なぜ公定歩合の引き下げをしたのか。
その理由は、
日本国内の企業が銀行から融資を受けやすくすることで、
国内の経済を刺激したいと考えたからです。
輸出産業が打撃を受けるなら、国内の産業を活性化させる。
結果、多くの企業が銀行から融資を受けて、
新たな工場を作るなど設備投資を行うようになりました。
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バブル景気の到来
工場を作る為に必要なものは「土地」です。
当時工場を作りたい企業が多かったために、土地の価格(地価)はどんどん上がっていきました。
いよいよバブル景気の到来です。
土地を担保に融資を受け、新しい土地を買う。
そしてその土地を担保にしてまた融資を受け、さらに高い土地を買う。
信じられないような無限連鎖が起きました。
もちろん価格は暴騰します。株価も暴騰します。
そして、この連鎖の中に個人も参加していくことによって、
個人消費も刺激され、日本は空前の好景気になりました。
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まとめ
今回は、バブル景気に至る経緯について書きました。
今から約30年前のことで皆さんはイメージがあまり湧かないかと思います。
私自身もまだ生まれたばかりで当時の記憶はありません。
しかし会社員時代に、バブル景気を経験された先輩から聞いた話によると、
本当に凄まじい景気だったとのことです。
インターネットで調べると、
色々な情報が出ると思いますので、是非調べてみてくださいね!
次回は、
バブル崩壊までの経緯を書きたいと思います。
では!